第19回までは「瀬戸内坂越から北前船がもたらしたもの全国版」を再構成したものです。
第23回(小豆島土庄町)
2017年6月、兵庫県支援事業の北前船の歴史講座が大避神社でありました。
この時、土庄町の南掘英二さんに北前船の講演をお願いに小豆島に行った。
これは、土庄町と坂越が同じ地域(酒田、野辺地)に北前船の足跡があったからだった。
このシリーズ「坂越の北前船交流記18号野辺地」の投稿したことから、 野辺地まで友好公園協定の調印式に行った南掘さんと出会え小豆島に行くようになった。
坂越での北前船のイベントだけでなく備前、牛窓、下津井、笠原諸島等の歴史と食の旅を通して交流しています。
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坂越は、歴史の重みを醸し出す街
2018年6月29日
小豆島土庄町 南堀 英二
「荒波を越えた男たちの夢が紡いだ異空間―北前船寄港地・船主集落」
に赤穂市が日本遺産に認定されましたこと、誠におめでとうございます。
昨年の六月十七日に、私は「坂越のまち並みを創る会」(門田守弘会長)のお招きで坂越をはじめて訪れました。
大避神社での「小豆島の塩と石と北前船について」の講演当日の早朝、
私は赤穂御崎経由で海岸沿いを車で走り、坂越湾に浮かぶ生島を右に見ながら坂越大道に入った瞬間、思わず「ああ、ここは」という声が出ました。坂越のまち並みが悠久の歴史の重みを醸し出していたからです。
もっと驚いたことがありました。
坂越湾沿いに建つ奥藤家の邸宅の石組みが、お城の石垣に用いられる「鉢巻積」とよばれるもので、小豆島の属島である豊島で材木商と廻船業で名を成した「片山家(邸宅は町指定、庭園の蘇鉄は県指定文化財)」がこの石組でした。
三十数年前、調査のために片山邸を訪れると県の文化財保護委員から、「南堀君、この片山邸の石組みを覚えておきなさいよ、これだけの石組み、民家ではなかなかありませんよ」と言われたことを懐かしく思い出しました。
それがこの間、「坂越のまち並みを創る会」の矢竹考司さんと
岡山県の児島に江戸時代に日本一の塩田王と謳われた旧野崎家住宅(国指定重要文化財)を訪れると、なんと野崎家の御成門の石積みが「鉢巻積」でした。
坂越には、天然記念物の「生島樹林」、重要無形民俗文化財の「坂越の船祭」、
「黒崎墓所」、「大避神社」など貴重な文化財が数多くあり、悠久の歴史の重みを醸し出しています。
しかし、坂越には奥藤家の石組みのように、まだまだ知られていない文化財が数多くあると思います。赤穂市、そして坂越の皆さん、新しい発見を小豆島より祈念しております。