瀬戸内坂越の廻船と赤穂塩

北前船の寄港地と日本100名城巡りから始まった

瀬戸内坂越から北前船がもたらしたもの第24回(牛窓)

第19回までは「瀬戸内坂越から北前船がもたらしたもの全国版」を再構成したものです。

 

 



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それは、牛窓と坂越の明治を連想させる湊の風景画が、北海道余市の福原漁場に並んで展示されていると知ったからでした。
  この牛窓湊が描かれ場所を、fBで知り合った清須浩光さんと高祖良子さんが一緒に調べて頂けました。
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 清須さんらの案内で、牛窓神社に明和年間の玉垣があり、余市とは無縁だったものの北前船で活躍していたと感じました。
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 調べてみると牛窓は、1445年(兵庫北関入船納帳)から、1721年(『備陽記』)まで、「牛窓千軒」といわれた程、廻船の活躍で繁栄していたのがわかった。
 
そこで「牛窓の廻船を寄港地から探る会」のFBグループを作り、牛窓の廻船を東京の図書館等で調べました。
 清須さんらには、牛窓の神社の絵馬等を調べて頂いた。
また、『諸廻船入津留帳』(土屋三十郎家文書、享保10年~寛政10年間)から、佐渡国真更川村に入港した備前国15艘のうち、牛窓船が7艘あったのが清須さんの調べでわかりました。

 
  立川の公文書館にあった大正時代の牛窓郷土史には、浜田港沖の海難事故の事がかかれていました。

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出雲崎町史海運資料編にあった客船帳3冊には牛窓の足跡が4件あった。
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また、浜田港の客船帳にある木屋家の名について清須さんから以下のコメントを頂いています。
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  この諸国客船帳にある「木屋」は、明和3年(1766)より87年後の嘉永6年(1853)の材木問屋間で入札方法等を取り決めた『申談義定覚』5人(若葉屋、松屋2人、木屋、梶屋)の中に「木屋五郎左衛門」が見えます。同家は材木問屋の後に廻船業もやったようです。(『牛窓町史』資料編Ⅱ)
 
 このコメントの後、「木屋」さんの後裔の方にお目にかかったそうで、牛窓の若葉屋の近くに住んていると教えて頂けました。

 牛窓を含め日本海で活躍していた瀬戸内海の多くの廻船は、北國の廻船の進出で1800年過ぎから衰退しています。
 『牛窓町史』(資料編2)にも、1809年大型廻船が激減したとありました。
 牛窓の東にある坂越の廻船は、西廻り航路から東廻り航路に転換し、江戸への塩廻船で生き残りました。
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 この春、一般公開された酒田市の光丘文庫の入船記録を北海道からの帰り見せて頂きました。それは、1810年頃からの客船帳だった為、68冊の中で瀬戸内海からは4件だけでした。
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 一方、2017年7月牛窓で、第20回北前船寄港地フォーラムのシンポジウムがあった。


倉地克直岡山大名誉教授の基調講演で、朝鮮通信使北前船の航行を紹介していた。
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 この時、坂越の人達と清須さんと高祖さんが運営している「なかなか庵」にも行きました。
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この庵の場所で生まれた詩人の高祖保の資料や写真等が展示されていました。
 この庵は、本年12月閉館の予定でDVD等、その保存方法を模索しているようでした。
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今年2月には、小豆島の南堀英二さんと行っています。 
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牛窓には、小豆島にもあるオリーブ園があり、エンジェルロードに似た「ヴィーナスロード」が南堀さんの後方に見えました。
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5月には、むかし下津井廻船問屋の館長だった矢吹勝利さんが企画したイベントで、清須さんたちのグループと偶然会いました。
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 清須さんは、全国清須会や全国高祖会を設立され九州等で集まりがあるといい、
今年は岡山で総会があるという。