瀬戸内坂越の廻船と赤穂塩

それは神社・日本100名城巡りから始まった

瀬戸内坂越から北前船がもたらしたもの第4回(加賀 )

 

 

 第4回

 

                   2016年 6月9日        

     .第17回北前船寄港地フォーラムIN加賀市に参加して

.  フォーラムの会場となった加賀市文化会館に入るとスーツに身を包んだ人たちが、やや重い雰囲気の中に座っていた。 

 それもそのはずで、いただいた資料の参加名簿を拝見すると、国土交通省事務次官観光庁次長、国土交通省大臣官房審議官、衆・参議員、JR西・東代表取締役、各寄港地の市長、副知事、県議、観光部長など、そうそうたるメンバーでそれに付随する制服組が会場を埋めていた。また観光庁長官がビデオメッセージを寄せるなど行政に携わる人たちでつくるフォーラムといった印象であった。 

  最初から日本遺産を目的においているといった感じだ。 会長の作家石川好さんの挨拶で、日本海側をもっと明るい地域にしたいというお言葉があったが、まだ発掘の余録を残す日本海側の地域に観光に携わる人たちが熱い目を向けている。

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これから押し寄せてくるであろう外国人観光客を、少しでも日本海側へ呼び寄せたいという切なる思いがした。 フォーラムには32の地域の人たちが参加されていた これらの地域を結ぶ地域ネットワークを形成し観光立国を造るという今までにない壮大さをもった試みでもある。 

 

  その一席に北前船の寄港地である坂越、そこにある坂越のまち並みを創る会が参加できたことは大いに意義がある。北前船の往来が盛んであった頃の古い地図に寄港地として坂越が載っている。

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 日本遺産に登録されれば、坂越の名前を広く、日本そして世界に発信することができるようになり、同じように登録された各地域と連携を密に取り合うことができるようになる。 

少子高齢化により、どうすれば坂越が良くなるかということを考えると観光も重要なファクターの一つであることは間違いない。   これからの観光は・おもてなし心・心に残る出来事・スローライフといったキーワードが主軸を占めるようになる。 

  北前船が盛んに行き来した明治初頭のような賑わいが日本海の各所に見られるようになれば、自然と我が坂越も賑わいを取り戻すようになる。 そういう思いで赤穂への帰路についた。

                 (坂越在住寺井秀光)